【阿波製紙】水急不流月の如く

2010年10月22日

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  ■ AWA PAPER NEWS ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
 ┃                                                                
 ┃       機能紙・不織布の共同開発メーカー 阿波製紙株式会社        
 ┃                    vol.70 【 2010/ 10/ 22 】        
 ┃                                        
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  https://www.awapaper.co.jp/ 
 ┌──┐
 │目次│   
 └┬─┘      
  ├ 01:[ ご 挨 拶] 今月の社長メッセージ
  ├ 02:[二 ュ ー ス] 徳島ビジネスチャレンジメッセ2010に出展
  ├ 03:[二 ュ ー ス] 2012年度新卒採用エントリー受付開始のお知らせ
  └ 04:[シ リ ー ズ] 技術者のエスプリ(第19回:何でも見てやろう)
 
                       
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃ ■  ご 挨 拶 ■
┃――――――――――――――――――――――――――――――――――
┃  水急不流月の如く
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                                                    取締役社長 三木康弘


 徳島もようやく秋冷の候らしくなって参りました。秋晴れの中、運動会や恒
例のイベントが盛んに行われています。先週末、11回目となる徳島ビジネスチ
ャレンジメッセは3日間で3万7千人が来場され大盛況となりました。阿波製
紙は、LED用紙製放熱フィンやMBR(膜分離活性汚泥法)用浸漬膜ユニットな
ど新製品を展示しておりましたが、大変多くの方々にお立ち寄りいただき様々
なご意見やご提案を頂戴致しました。心よりお礼申し上げます。

(徳島ビジネスチャレンジメッセ2010に出展)
 ⇒ https://www.awapaper.co.jp/company/news181.html

 また先日は、日本人が一昨年に続きノーベル化学賞に輝くなど日本の基礎研
究や科学技術が高く評価されて来ていることは、ものづくりのメーカーとして
とても勇気付けられます。鈴木章氏、根岸英一氏ご受賞本当におめでとうござ
います。

 世界を見ますと、チリの鉱山落盤事故の中でルイス・ウルスアさんが素晴ら
しいリーダーシップを発揮され33人の奇跡の生還を果たされた感動のニュース
や、尖閣諸島をめぐってまたもや反日デモを繰返す中国の憂鬱なニュースなど
様々です。しかし時代は常に流れ変化し続けるものであり、すべての出来事が
意味を持ち変化へのヒントを頂いていると考えています。どんな難局が来よう
とも「水急不流月」と言いますように、激流のように変化する中にあっても流
されない水面に映る月の様に、信念を持って進んで参りたいと思います。



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┃ ■ 今月のトピックス ■
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 │■ トピックス 1 徳島ビジネスチャレンジメッセ2010に出展
 ├─────────────────────────────────
 │平成22年10月20日(水)
 │ 当社は、10月14日(木)~16日(土)の3日間「アスティとくしま」にお
 │ いて開催されました『徳島ビジネスチャレンジメッセ2010』に出展いたし
  │ ました。
 │ → https://www.awapaper.co.jp/company/news181.html
 └─────────────────────────────────

 │■ トピックス 2 2012年度新卒採用エントリー受付開始のお知らせ
 ├─────────────────────────────────
 │平成22年10月1日(金)
 │ 当社は、2012年度新卒採用のエントリー受付を開始いたしました。
 │ → https://www.awapaper.co.jp/company/news182.html
 └─────────────────────────────────


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┃ ■ シリーズ ~技術者のエスプリ~ ■
┃――――――――――――――――――――――――――――――――――
┃ ~ 第19回:何でも見てやろう ~
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                               取締役常務執行役員  濱 義紹
 

 舟木一夫の高校三年生が流行った年は私もちょうど高校三年生だった。その
頃、若者の海外渡航熱に火をつけたのが小田実であった。
 熱烈な小田実ファンが同級生にいて、受験勉強そっちのけで小田実の「何で
も見てやろう」を片手に外国旅行の夢をいつも語っていた。彼は大阪外国語大
学のペルシア語科に入学したが、入学してすぐに同大学に在籍したままシルク
ロードの旅に出かけた。
 白人と有色人を区別して乗船させられたというフランスの客船に乗り、セイ
ロンまで行きその後は陸路でペルシアまでの旅を敢行した。その後は以前に紹
介したことがあるが、日本語や朝鮮語と同類のウラルアルタイ語属であるウズ
ベク語とウイグル語の日本国内への普及をライフワークとし、ウズベクのタシ
ュケントやウイグルのウルムチを何度も訪れ日本初の両語の辞書と読本を書き
上げた。
 このような活力の源泉は“何でも見てやろう”と“何でもやってやろう”に
あった。
 閉塞感いっぱいの日本、ルール漬けの日本、発展途上国に追い上げられてい
る日本、先進国から取り残されそうな色々なマイナス指標が目立つ日本、など
の現実が全て一企業にも影響を及ぼす現状を見るにつけ、小田実の「何でも見
てやろう」に突破口のヒントがないかと初版当時には読まなかった本に目を通
してみた。欧米とアジア22ヶ国を貧乏旅行した体験旅行記は戦後10数年しか経
過していない日本社会の若者達に大きな影響を与えた。
 ロングセラーであるこの本は31版を重ねており、「群盲象を撫でる」になり
がちな事象対策として先入観を排除して体験からアプローチし事実を確認して
いくという技術活動にも通じるノウハウ満載の書籍である。

【小田実の海外旅行の動機】

 もともとはフルブライト留学生に応募して採用されたアメリカ留学に始まり、
アメリカでは心ひそかにあこがれていたニューヨークの摩天楼とミシシッピ河
とテキサスの原野をとりわけ見たいと思い、どうせ行くなら“何でも見てやろ
う”と誓いを立てたらしい。
 世の中に存在する海外紹介の内容は、上品なところ、きれいなところ、立派
なところばかり見てくる「上品立派組」と逆に汚いところ、下品なところばか
り見てくる「共同便所組」の二つに分かれてしまい、一つの社会を正確に見て
いないだけでなく、その人にとっての西欧の偏見を帰国後の日本に伝え、悪影
響さえ及ぼしていることさえあることを指摘している。
 英国帰りの人が英国の眼を通して故国日本を眺めたようにアジア帰りの人、
アフリカ帰りの人たちも同じことをやっているのではないかという思いが西洋
の一角であるアメリカからの帰途に本場のヨーロッパ、自分が所属するアジア
を見ることが必然となったと述べている。

【アメリカの匂い】

 著者の感じたアメリカは次のようなことに集約される。

(1)画一主義
   誰もが同じものを食べ、同じ服を着、同じ住居に住み、同じ風に考え、
   同じ風に語り、同じ風に行動する。これがアメリカ社会が直面してい
   る最大の問題の一つである。

(2)二十世紀文明の重み
   二十世紀文明が袋小路まで行きついて出口を探している姿の極限の形を
   何よりもアメリカで感じた二十世紀文明の重みである。

(3)東方文化と集団意思
   明治時代の日本が必要とした「西洋文化」と同様にアメリカが求めてい
   るものは「東方の文化」を必要とする条件とそれを内部に取り入れよう
   とする「集団意思」であり、アメリカにはそれが確固として存在してい
   る。100年前の日本のように。

(4)記録と内部感情
   外から日本を見るアメリカ人の根底にあるのは記録であるが日本人は
   もっと主観的な内部感情のようなものを重視する旨が主張されている。
   ライシャワー氏の「アメリカと日本」の記述が取り上げられこのこと
   が説明されている。
   「・・・共産党は投票のわずか3.8%と衆議院における466議席中5議席
    だけを勝ち得たに過ぎなかった。」という記録的表現であるが、小田
       実氏は「たとえ5議席にせよ共産党が出てきた。合法的に議席を占め
       たということが新鮮な驚きであった。」という主観的なことが記録に
       は一切出ないことを述べている。

 この感覚が小田氏の以後の旅行が単なる記録ではなく、主観を貫いているこ
  とに現れている。

【ライシャワー教授のこと】

 ハーバード大学ではライシャワー教授がお弟子さんたちにあいつに近寄るな、
書かれるぞと言っていたことが取り上げられている。
 小田実氏が帰国後彼らを題材に使って何か書くのではないかと恐れられてい
たので、「先生のことは書きませんよ」と宣言したらしい。

【何でも見てやろう】

 「何でも見てやろう」の精神で世界22ケ国を貧乏旅行した小田実氏の体験内
容は先に述べたように単なる記録ではなく、内部感情にまで及んだものであり、
貧乏旅行ならではこそのそれぞれの国の生活者の事情が耳新しく伝わってくる。
 50年前の各国の状況は現在とは異なっているのは当然であろうが、代表的な
記述だけを次に抜き出してみる。
 文理を問わず未知の分野へのアプローチの仕方の参考書のようなものである。

(1)アメリカ南部(人種差別)
   アメリカ南部を一言で「黒人の匂い」と表現している。レストラン、バ
   ー、駅の待合室、トイレット、映画館の席、バス・市電の座席などの全
   てに「白人用」「黒人用」の区別があること、そして日本人は白人の部
   類に属して扱われていることを体験したときがアメリカでは一番の衝撃
   的経験であったらしく、帰国後の著者の活動にも大きな影響を及ぼした
   ものと推察される。

(2)カナダ(フランス色の濃い国)
   英語がしゃべれないモントリオール出身のカナダ人と会ったのをきっか
   けにカナダへ行く。カナダの本屋でカナダの作家の本を尋ねるとサルト
   ルやカミュが紹介されるという。アメリカの隣国でありながらアメリカ
   とは異なり、ヨーロッパの伝統文化の残る国として紹介されている。
   結びは「フランス語を学びたい人はぜひカナダへいくとよろしい」であ
   る。

(3)メキシコ(“This is Mexico”これがメキシコだ)
   アメリカでの便利な生活になれたあとラレドという田舎町からメキシコ
   に入った著者が経験したのは敗戦後の日本の光景に似た貧困であった。
   トイレから出て手を洗おうとしたが水が出ない。その行動を見ていたア
   メリカ人に“This is Mexico”と言われ、メキシコを見ずに日本へ帰っ
   たらアメリカの並外れた豊かな生活と日本のそれとを比較し、日本の貧
   乏と野蛮さを嘆いたかもしれない。このアメリカ人の一言でアメリカか
   らの帰途、ヨーロッパ、アジアの全てを見て歩こうと決心したことが述
   懐されている。

(4)イギリス(ゆらぎつつある大英帝国)
   イギリスではスラム街にあるスチューデント・サービスで4人の同居人と
   議論を戦わす場面が毎日続いたことが書かれている。みんなお金がない
   ので気のきいたところなどへ行けず、寒いので毛布に包まって時間を潰
   すしかなかったとのこと。
   イギリスの印象は二階建てバスに飛び乗る山高帽とこうもり傘の紳士に
   驚き、こじきの存在に驚き、食べ物のまずさ(アメリカ以上にまずい)
   に驚いたことが記されている。

(5)アイルランド(れっきとした独立国・・・アイレ共和国)
   侵略国の英語は使わないという方針で公用語はケルト語の一派であるア
   イルランド語である。学校ではアイルランド語を習うので子供達はしゃ
   べれるが大人は英語しかしゃべれないという国である。映画館では劇映
   画は英語でニュース映画はアイルランド語というそんな状況であったら
   しい。
   小田実氏がニューヨーク滞在時に会ったアイルランド人はとにかく無類
   の話好きで一晩中話し続け「話の二日酔い」を経験したことが紹介され
   ている。He is Irishというとお人よしのことを指すらしい。
   小田実氏の好きな丸山薫の詩の一節が紹介されている。
   
    汽車にのって
    アイルランドのような田舎へ行こう
    人々が祭りの日傘をくるくるまわし・・・・・

(6)オスロ(ノルウェー)
   イギリスからオスロへ向かう船中の様子が面白い。一等、二等、集団収
   容設備の三階級に船室が分かれている。三等ではなく集団収容設備とい
   うのは船のへさきに部屋が取られており、普通は下級船員の居住区にな
   るらしく小田氏以外は全て色々な国の船乗りばかり。
   航海中へさきに当たるその冬最初の北海の冬の嵐による荒波で二晩ベッ
   ドから振り落とされそうになり、オスロ到着後も二日間体が揺れ動いて
   いたらしい。

(7)コペンハーゲン(デンマーク)
   コペンハーゲンに着いた小田氏は一息つける町でほっとし、スラム街で
   すら清潔に豊かに感じたことが書かれている。

(8)ハンブルグ(ドイツ)
   ハンブルグのユースホステルでの宿泊客への言葉が通じない様子が面白
   く描かれている。がやがやうるさい二人のために眠れないので「諸君、
   もう遅いから眠ろうではないか」と英語で呼びかけたが無反応。業をに
   やして「だまれ!」と英語で言ったが通じない。フランス語、ドイツ語、
   スペイン語、イタリア語、ギリシア語、古代ギリシア語と知っている全
   ての外国語で言ったがみんなきょとんとしているだけ。最後にアメリカ
   人を起こして通訳をしてもらおうとしたがロシア語でも通じない。その
   うちユースホステルに泊まっている色々な国の人が色々な国の言葉で「
   だまれ」を叫んだので何語かが通じて二人がだまってしまったが結局何
   語が通じたのか判らないままであったらしいが、少数民族の言葉であっ
   たのだろうと推察している。

(9)アムステルダム(オランダ)
   オランダに着くとずいぶんアメリカに似ていると言うのが小田氏の第一
   印象である。世界で一番英語がうまい国。東インド会社の建物がいまだ
   に建っている国である。
   アムステルダムではユースホステルの厳格さが際立っており、世界一厳
   しいのではないかと述べている。朝は勇壮なるマーチと「みなさん朝で
   す、起きる時間です」というアナウンスで七時半ごろ起こされホステラ
   ー(泊り客)は何か奉仕活動をして食事を済ませ八時半ごろには外へ追
   い出される。再び門が開くのは夕方五時頃で、夜九時頃に閉じ、十時に
   はシューベルトの子守唄を聞きながら消灯。

(10)ブラッセル(ベルギー)
   ハンブルグ、アムステルダム、ブラッセルは駆け抜けたため宿泊所の印
   象しか記載はない。英語の通じない国なのでフランス語と手まねで手続
   きを済ませたが人々は親切だったことと便所が寒風吹きすさぶ庭にあっ
   て不便をしたことくらいしか記されていない。

(11)パリ(フランス)
   小田実氏がアメリカ人と親しげに一緒にいると「日本はアメリカとどえ
   らい戦争をやったんじゃないか」とおまわりさんに言われたが、このよ
   うなことはヨーロッパ人が示す普通の反応である。ヨーロッパ人の心の
   中では戦争はまだ終わっておらず、イギリス人はドイツ人を憎み、フラ
   ンス人はドイツ人を恐れている。ちなみにドイツのハンブルグで会った
   ドイツ人は小田氏に「われわれは勇敢だった。今度やるときはイタリア
   抜きでやろうじゃないか」と語ったという。
   海外では日本のように作家業がなりわいとして成り立たず様々なアルバ
   イトで生計を立てている場合が多い。日本人が電車に乗って吊り革につ
   かまって漫画、週刊誌、カフカ、サルトルなど何かしらの本を読んでい
   ることを聞くと目を丸くして驚くらしい。「さすが、ヘンリーミラーが
   ベストセラーになる国だけのことはあるね」と。

(12)スペイン
   スペインの特徴はスペイン全学連(SEUセウ)のメンバー資格を取ると
   指定の大学の寄宿舎に泊まれるということと、ユースホステルでは宿泊
   費が後払いでよく、出発のとき宿泊費を払うと言うと「君は何日いたか
   ね」と尋ねられ、それに答えれば日数をごまかして申請しても申請した
   日数分支払えばいいらしい。ただし、もしお金がなければ正直にその旨
   を言えば半分にでもまけてくれる寛大さが記されている。
   スペインのもう一つの特徴は昼食が二時、夕食が九時で夕食前に「アペ
   ルティボス」という食事時間があり、日本人好みの魚介類をあてにぶど
   う酒かシェリー酒を飲む習慣がある。

(13)ジブラルタル
   ビザが高くて行くのを断念した国はモロッコ、ヨルダン、パキスタン、
   ビルマ、ベトナムであり、モロッコを断念した代わりに自由港ジブラル
   タルへ渡ったが面白くもなんともなかったと述べている。

(14)イタリア
   ミラノのスカラ座での観劇、ベニスの水路めぐり、二週間の雨のローマ
   の滞在などが語られている。フランスの老作家との会話で「日本の人口
   はいくらか」と尋ねられ、「9000万人だ」と答えるとあんなちっぽけな
   国に9000万人もいるはずがないとうそつき呼ばわりされたこと、その老
   作家の食事の淋しい光景が目に焼きついていること、パラティンの丘や
   コロセウムと同じように浮かんでくる印象を述べている。

(15)ギリシア
   日露戦争後「日本」の名は小国ギリシアにとって希望の象徴であったの
   だという。日本のように、日本人のようにやらんといかん。そういった
   人たちが集まって当時としては最も進歩的な政党を作った。それが「日
   本人党」であった。
   それと、ギリシアにおける日本のもう一つの人気は朝鮮戦争で国連軍と
   して参戦したギリシアの人たちが休暇をとったのが日本で、ギリシア人
   にとって日本はパラダイスであったとのこと。
   面白い話としては、デルフィの安レストランで爺さんから酒をおごって
   もらったとき回りの人たちがゲラゲラと笑い出すので不思議に思ってい
   たら、外に出るとその人は乞食であることがわかりニューヨーク以来乞
   食におごってもらったのは二回目だという。よっぽどみすぼらしく見え
   たのであろうと述懐している。

(16)エジプト
   北欧、ドイツ、フランス、イタリア、ギリシアと貧乏が徐々に切れ目な
   く落ちてきた後、アテネからカイロへ飛ぶとガクリとひと落ちすると表
   現している。
   古都メンフィスに行くつもりが乗ったバスだったが車掌に降ろされた場
   所がメンフィスを既に通り過ぎそれから歩いてメンフィスにたどり着く
   までにうその道を教えられたことが語られている。うそをつくというの
   は小田氏がアラブ諸国で体験した異教徒に対する共通の態度であるらし
   い。
   押し売りガイドには「健康と長寿を神に祈ってあなたに差し上げる。だ
   からあなたもsomethingを下さるがよい」といわれ、やがてお金という
   言葉を脅迫がましく使い始め、けんかとなったが何がしかのお金を渡し
   たというくだりがある。

(17)シリア
   ホテル代倹約のため、カイロからシリアのダマスクスへ新聞を運ぶ飛行
   機に乗りこんだ。野外スタジアムでナセル氏の演説を聞き、バザールと
   モスクを見て歩き、発展途上にある中近東の典型的な都会をそこに見た
   ようだ。

(18)レバノン
   かつてのフランスの植民地である人口150万人の西洋と東洋の交差点ベイ
   ルートに到着。
   レバノン人の楽しみの中に子供が生まれるとき「愛児誕生」ということ
   以外目の色、髪の色がどのように生まれてくるかという楽しみがあるら
   しい。西欧人的な女の子の誕生は大いに喜ぶらしくお嫁さんとして歓迎
   されるとのこと。

(19)イラン
   中近東のスイスとも言われる海抜1200メートルのテヘランの空港に降り
   立つ。
   西洋に対するあほらしい憧れや劣等感をイラン人は抱いていると述べて
   いるが、日本の欧米に対する感覚もあまり変わらないのではないか。
   アメリカで知合ったガロウェイという詩人と一緒に行動するとイランの
   子供たちとその親の視線(羨望と敵意に満ち溢れた、それでいてそうし
   た感情を全く無意味なものにするほど無気力で投げやりな眼)をどこへ
   行っても感じた。
   小田氏は戦後日本のアメリカ進駐軍とそれを眺める日本人の姿をイラン
   の光景と重ね合わせ思い起こさせている。
   もう一つはイラン人の西洋人に対する極端な猜疑心、警戒心が子供とい
   えども持っていることが取り上げられている。

(20)インド
   インドでは誰もが英語を話すのではないことが冒頭述べられている。全
   人口のわずか3%にすぎない。仏教徒であればお寺にただで泊まれるが
   日本大使館の保証書と自分で南京錠を買うことが義務となっている。日
   本大使館では風体を見て妙な顔をしていたが、「東大出身、フルブライ
   ト留学生、ハーバード大学で学んだ」という三つのおまじないを言うと
   はんこつきの手紙を下げ渡されたとのこと。
   ガンジス河の水に一度全身を浸すごとに天国での階級が一つ上がること
   になっているらしく、人々は死ぬためにベナレスへの巡礼の旅に出ると
   のこと。天国の階級は300余あるらしい。
   カルカッタには人類のかかりうる全ての病がある。コレラ、チフス、肺
   病、マラリア、そしてレプラ。ホテルにも泊まれず街路の片隅で寝てし
   まった。5メートル脇に眠りこけている人の薄汚れた包帯を見ると多分レ
   プラであろうと思うと怖くさえなり、泣き出したくなり、逃げ出したく
   なり、アジアの貧困を思い知ったことが記されている。

(21)バンコク(タイ)・香港(中国)
   アジアの問題は途方もない貧困とその後進性がメキシコの比較にはなら
   ないほど深刻であるという思いを抱きながらバンコクから香港を経て4月
   に羽田にたどり着いた。

【バーチャル時代の落とし穴】

 本書は50年前の紀行文なので現在では変わってしまっていることはたくさん
あるであろうが、一貫していることは自分の目で確かめるという一次情報収集
である。
 バーチャル時代の我々の得ている情報の量は多いがほとんど全てが他人の目
を通し、他人の頭を通し得られた二次情報・三次情報である。池上彰氏の手法
や解説は非常に参考となりテレビで見ていると面白くてよくわかるが、三次情
報や四次情報であることをよく認識しておかないといけない。同じテレビ番組
を見て同じ考え方をしてしまい、これらの情報で判ったような気になってしま
うという「アメリカの匂い」の項で小田氏が指摘したように「画一主義」にい
つのまにかどっぷり漬かってしまっているのが怖いのである。
 日常の経済活動やモノづくり活動の中でウェブ情報に頼りすぎないよう実験、
実証、事実確認、5現観察、コミュニケーションなどを通じ主観で物事を予知・
感知・認知し、人でないとできない「あたりまえ活動」への回帰が必要である
ことを痛感する。


《引用文献》
 ・「何でも見てやろう」 小田実著 1979年 講談社文庫



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